「 逓信灯籠 」

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2017年 10月 12日

不思議の国の武道館と大きな稲穂の妖精たち 〜稲穂の日〜

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と言うわけで、またまたレキシLIVE。
前回の両国から、今度は武道館。
個人的にはえらい久しぶりの武道館。 何以来だ? 誰以来だ?

開演時間が早いから、もう大変だ。みんな一斉に開場に向かう。
九段下の駅廻りは必要以上に大混雑。暗いし混んでるし、非常につらい。
無心でなんとか入場し、はじめて手前の座席をみると、
これがまたビッツらのポジション。残念席。
2階席のステージの真横(下手)だぜ。 おいおい前回に引き続きこの仕打ちかよ。
ある意味ステージ自体は良く見えるんだが、全部横向き。
正面の姿を見たければ、手前の真上にあるモニターを首を必死に捻って見上げなきゃならん。

マイッタネ。イッタね。

ギターの彼がエフェクター踏む姿だけがやたらとクリアに見えたよ。
まあ、ライブ自体は相変わらずご機嫌だったから良いんだが。
相変わらずの流石なクオリティ。 歌も演奏も演出もトークも。
そしてバンドのメンバーの演奏力も。
しかも長い。 3時間以上はやってたか。 大したもんだよ。
これを見せてくれるんなら、そりゃぁ、ある程度の金を払いますよ。

今回のスペシャルゲストは、なんとU-zhaan。
みんな大好き「Takeda'」を、まさか生で聞ける時が来るとは…。
超有名人ゲストが来てくれるのも嬉しいだろうが、別な意味で超スペシャル。
タブラの生音を聞いたのも初めてだ。 あの音の感じ、出方、凄い興味がある。
パーカス専門の楽器屋に飛び込む勢いだ。

そうそう、鍵盤の子。 何て言ったか。 風味堂の子。
彼も非常に良かった。 基本全部ハモりで、レキシ特有のアドリブにも完全対応。
トークの掛け合いも完全対応。 凄いね彼。 良いよ。上手いよ。
風味堂も聴いてみようと思った次第。

あと、タイコの蹴鞠こと玉田クンも良いね。 
上手いのはもちろんなんだが、リズムのノリが好み。 
大して大げさなセットを組んでるわけじゃないんだが、やたら音が派手に聞こえる。
しかもキレがあるから聴いてて気持ちが良い。
なんつーか、「生」っぽい感じがバンっと出てる感じがするんだよな。
良いよ彼。 関係ないが、あどけない顔してるからまだ若いのかと思ったら結構いってんのな。

まあ、何にしてもご機嫌だった。
そうだなぁ、やはりこれ位の規模で見るが楽しいかな。
アリーナクラスで見るノリじゃないしな。

たぁだ、やはり席がツイテねえ。
首を捻ってばかりで以上に疲れた。
あと、座席が狭くてツライ。 殆ど動けねえ。 暑いしな。

やはり武道館は難しいな実際。








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# by jimi-hei | 2017-10-12 23:04 | 「 俺 音楽 」 | Comments(0)
2017年 10月 03日

釣瓶落としとロックボトム。

すっかり秋めいてきました。
空気が澄んだこの感じ、嫌いじゃないのです。
今年の夏は人生で一番キツい夏でしたので、こうして長袖を着て、
なんなら上着を持ち歩く気温は非常に助かります。

街の女性達も随分装いが変わりました。
やはり一枚多い事で、みなさん若干個性が出ています。
お洒落なんてものは分かりませんが、様々な色やカタチを見るのは好きです。
女性が、自分の身長や体型にあわせて服を重ねたり、
なんらかの自己主張を加えたりしている感じは、見ていて楽しいものです。

夏はどいつもこいつもオフショルばかりで、いい加減ウンザリでした。
どっちの肩を出そうが両肩だろうが、どちらでも良いのです。
本当、皆同じ服装。 それが安心なのだそうです。
最近の若者は自由を謳歌してますね。 

しかし陽が沈むのが早くなりましたね。
半月でもここまで変わるものなんですね。 分かってはいても驚きます。
まあ夜が長いのは嬉しいのですが、昼が短いのは不便ではあります。
基本、陽が暮れたら家に帰りたくなるタチなものでして。
何処かに出掛けたりしても、夕方になるとソワソワします。
ああ、そろそろ日が暮れる、帰らなきゃって。
繁華街や町中ではそうでもないのですが、
少しでもネイティブな場所だと、もう駄目ですね。 焦って。
山に陽が沈むのを見たりすると、寂しくて気が狂いそうになります。
これは多分、幼少期のトラウマのせいだと思うのですが。

年々、気温の変化に身体がついていかなくなる感じ、あります。
毎日身体の何処か痛む感じ、あります。 それも毎日場所が変わる。
老いって凄いですね。 10年後はどうなってしまうのでしょう。
いずれ緑色の便とか出るかもしれませんね。

便といえば、最近調子がよろしからずです。
ユルいのはいつもの事なのですが、気付いたら丸一日していない日がありました。
これは個人的にはかなりの出来事でして、記憶に残る事件でした。
とりわけ変わった日常を過ごしたわけではないので、
便意をもよおさない理由が分からなかったのです。

不安だったか? 

いえ、そこまでではなかったですね。
翌日に2日分出ましたから。 基本身体の仕組みが単純に出来ているもので。
ただ、「出ない日もある」ということは胸に刻んでおこうと思いました。

関係ないのですが、最近、腕時計がやた重く感じるのです。
会社に着いたらすぐに外している自分がいます。
これも初めての経験です。 邪魔で仕方がないのです。
いずれ無くしそうです。 自信があります。
自分のことは自分が一番良く分かってますから。
なら、するのを止めれば良いのですが、これが難しい。
先程の話にもどりますが、腕時計も装いの一つのパーツなものでして。
着る服によっては、せざるを得ないこともあるのです。

なにか、格好の良いこと言ってますかね?


さて、そろそろはじまります衆院選挙。
色んな意味で「面白そう」ですね。 大イベントです。
右も左もドッタンばったん大騒ぎ。 まさにジャパリパークです。
楽しいですねえ。 オモシロイですねえ。
出馬する輩はもちろん、いわゆる知識人の方々が何をノタマウのか。
アイツもコイツもどんな顔して唄いやがるのか。
刮目して待っておりますよ。

ええ。




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# by jimi-hei | 2017-10-03 23:09 | 「 俺 」 | Comments(0)
2017年 09月 27日

悪童

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TEAM NACS (森崎博之、安田顕、戸次重幸、大泉 洋、音尾琢真)
脚本:古沢良太 演出:マギー  美術:松井るみ 音楽:NAOTO 舞台監督:津田光正、荒 智司

全国8ヶ所53ステージ、さらに全国の劇場67館でライブ・ビューイング上映され、TOTAL過去最大の9万人を動員。

市役所勤務の西崎(音尾)は取り壊しが決まった廃墟にいた。かつては「レジャーセンター竜宮」として町一番の遊興施設だったが、今や見る影もない。
外にはパトカーが続々集結してくる。この建物には、友人で中学時代に卓球部で一緒だった吉村(戸次)が立てこもっており、西崎は吉村を退去するよう説得するためやって来たのだった。
吉村は退去の条件として、元卓球部のメンバー全員を集めるよう要求していた。かくして、サラリーマンになった元部長の紺野(森崎)、投資会社を営む元副部長の巻光(安田)、画家になった江口(大泉)が廃墟を訪ねてくる。
だが、吉村は一向に立てこもった理由を明かそうとしない。当時のあだ名で呼び合う彼らはやがて昔話に花を咲かせるが、それぞれが持つ記憶の断片をつなぎ合わせていったとき、ある過去が顔をのぞかせる。



いやぁ、オモシロイ。 面白かった。 流石はNACS。 安心クオリティ。
どこかの某有名監督の某作品とかに比べたら700倍オモシロイ。
やっぱ予算は関係ねえな。 マジで。

と思いきや、今作は外部から脚本、演出を呼んでるんだってな。
へえ、そういうこともするんだ。
まあね、流石にメンバー5人とも忙しすぎだから、これはまあ必然だったのかもしれん。
そう言われると、確かにいつもよりお話も演出もが洗練されている気もする。
灰汁が抜けてスマートになった感じか。

ただ、この「灰汁」がTEAM NACSっぽさでもあったんだがな。
リーダー色というか、なんというか。

まあ、色んな造り方を試しているかもしれませんね。15作も作ってんだから。
だとしたら今回は正解だった思います。

たった5人で、同じ場所で繰り広げられる物語。 
まさにこれぞ芝居の醍醐味。誤摩化しがきかんからね。
演技が上手いのはもちろん、5人それぞれが個々のキャラを魅力的に演じている。
大したもんだよ。 いや本当。

よくまあ、ここまで立派になられて…。

因に脚本の古沢良太って「キサラギ」とか「探偵はBARにいる」書いてた人なんだな。
なんとなく、あぁ成る程ねって感じだ。

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# by jimi-hei | 2017-09-27 23:01 | 「 俺 芝居 」 | Comments(0)
2017年 09月 10日

ドント・ブリーズ

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監督:フェデ・アルバレス
製作:サム・ライミ、ロブ・タパート、フェデ・アルバレス
製作総指揮:ネイサン・カヘイン
ジェーン・レビ、ディラン・ミネット、ダニエル・ゾバット、スティーブン・ラング



いやぁ、面白かった。怖えし。ジジイ怖えし。
いつも思うけど、予算のかかってない密室系作品って当たる時は当たるよな。
衝撃映像じゃなく、中身で怖がらす基本中の基本ホラー。
俺は、こういうの好きですわ。
場所がデトロイトの郊外ってのがまた、リアルっぽくて良いよな。
デトロイト知らねえけど。


調子に乗って盗みに入った若造達が、その家の主の盲目ジジイに返り討ちにあう話。
見えなくても超強い退役軍人のマッチョジジイ。
もうね、音をたよりに迫ってくる姿がゾンビにしか見えない。
姿を潜め、息を殺しジジイが通り過ぎるの震えて待っているノリは、まんまゾンビゲームです。

まあ、この辺りは割とオーソドックスな展開なんだが、話はそれでは終わらない。
このジジイがとんだクセ者で、イカレヤロウな訳で。

あと、あれだな犬だな。 やはりゾンビには犬がつきもの。
愛玩動物としての可愛いと怖いの2面性を持つ希有な生き物だ。
超怖えよ、犬。 大切だよ。 イヌ。


なんとも言えないシュールな後味も良いねえ。 この作品のテイスト丸出しだ。

たった88分の映画だが、観終わった後はクタクタだ。


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# by jimi-hei | 2017-09-10 18:54 | 「 俺 映画 」 | Comments(0)
2017年 09月 06日

「絡新婦の理」 京極夏彦

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理に巣喰うは最強の敵。京極堂、桜の森に佇つ。
当然、僕の動きも読み込まれているのだろうな――。 2つの事件は京極堂をしてかく言わしめた。
房総の富豪、織作(おりさく)家創設の女学校に拠(よ)る美貌の堕天使と、血塗られた鑿(のみ)をふるう目潰し魔。連続殺人は八方に張り巡らせた蜘蛛の巣となって刑事・木場らを眩惑し、搦め捕る。中心に陣取るのは誰か? シリーズ第5弾。



いやぁ、やっと絡新婦だ。
大変だこりゃ。 こんなにぶっ通しで読んだことないからな。
もうね、長いのよ一作一作が。 伊達にレンガ本なんて言われてないのですよ。
ラノベだったら40冊分くらい読んだな。 うん。


と言うわけで、「絡新婦の理」。
ワタクシ的名作でございます。



「あなたが── 蜘蛛だったのですね」

この言葉で始まり、そして終わる今作は、此れ迄の京極作品の集大成ですね。
前作の暗さから一転、いきなり桜色でスタートします。
登場人物は女ばかり。 織作家の美人後家に、タイプの違う美人3姉妹。
そして末の娘が通うキリスト教系の全寮制、聖ベルナール女学院がメインの舞台。

オンナ オンナ オンナ。
これでもかってくらいだな。

展開も趣向を凝らし、珍しく冒頭から京極登場。 
桜花の下で犯人である蜘蛛と呼ばれる女性と向かい合い、そして語る。
だが、それはいつもの憑物落としではなく対等の会話。
いつものことだが、今回も京極は「人の死」を止めることは出来ませんでした。

事件が終われば、死体の山。
いくらなんでもヤリすぎです。 死にすぎです。 殺し過ぎです。

この時に言う京極の台詞は、読了後に再度読み返すと、
また感慨ひときわでございます。



目潰し魔と絞殺魔、現実に起こっている二つの連続殺人事件。
個々を調べて行く度に、別々の事件が何故か交差する。
広がり続ける謎と不可思議なリンクに翻弄されていくノリは、まさに京極ワールドの結晶ですな。
たぁだ、その繋がりマジックはこれが限界だと思います。
広がりすぎて 読者がついていけねえってのもあるが、
これ以上広げると物語としての興味の持続が続かん。
そういう意味で、丁度限界値なのではないでしょうか。絶妙なバランスです。


連続殺人犯以外にも、黒魔術、学校の七不思議、少女売春、黒い聖母の呪い、赤線、
そしてキリスト教にユダヤ教、カバラ等、いつもに増してネタ満載の今作だが、
特筆すべきは、特殊慰安施設協会「RAA」の話。

戦後、連合国軍兵士による日本人女性に対する強姦事件が予測されたため、
連合軍向けに設立された所謂「国営の慰安所」。それがRAA。
「日本女性の貞操を守る犠牲として愛国心のある女性」の名の元に5万人以上が集まったって話。
戦後間もない騒乱の中、もちろん食うに食われず止むを得ず志願した女性もいただろうが、
中には、「志」を持って自ら手を挙げた女性もいたことだろう。

この辺りの話は、戦後の急速な復興の中で歴史の歪みとして封印されてきた史実なんだろうな。
浅学非才の愚生には、ただただ想像することしか出来ませんが、
ただただ想像するだけでも胸が苦しくなる思いです。


何度も言うが、今作はとにかく女性がテーマ。

老いも若きも、美醜も賢愚も、とにかく女性の生き様を描いております。
登場する男はほとんど添え物。 連続殺人犯ですら刺身のつまみたいなものです。
女だらけのその世界に、多重に蜘蛛の糸を張り、そして
その中心で虎視眈々と獲物が掛かるのを狙っているのは誰なのか。

こういったシンプルなエンタメ要素を物語の根幹に据えた作品は、
百鬼夜行シリーズの中でも今作だけではないでしょうか。

まあ、正直いつものご都合主義な展開で幾つか細かい所が気になったりもしますが、
それはまあ、今更ですしね。それが作風ですし。
こんだけ続けて読んでるとどんどん気にならなくなっていきますよ。

長い長い物語ですが、読後にはスンナリとマスっと納まった感があります。
そしてあの桜色のイントロに繋がる展開は、何度読んでもジワり、と来るものがありますね。


ワタクシ的名作でございます。


因に、日本のメタルバンド「陰陽座」 の曲の中に、
この作品を歌った「桜花ノ理」って曲があるんだが、
これがね、もうね、良いのですよ。
もの凄くリンクするのですよ。曲も歌詞も歌声も。今作と。 ええ。



しかも、物語の続きを知っていると特にねぇ。



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# by jimi-hei | 2017-09-06 23:31 | 「 俺 読書 」 | Comments(0)
2017年 09月 04日

馬鹿バランスと夏色のジバンシー。

歩くんなら、急ぐのかスマホ見るのからどっちか決めろ。
バカヤロウ。

本当にウザい輩が満載だな。 満載君だな。
駄目な街だよ。


なに、前原が民進代表になって、大島が幹事長だって?
知らねえよバカヤロウ。
本当、何がしたいんだお前ら。いつまでもチンタラと。
方針一つ纏められない政党が、いつまで野党第一党とか言ってんだよ。
そもそも何でお前ら一緒にいるんだ?
理念が違うんだろう? 理念が違う奴とは組めないんだろう?
なら、そもそもお前ら自身が別れろよ。
さっさと左右に分裂しろっての。薄気味悪い輩だよ。
金と地位以外のことに少しは脳みそ使えよ。政治家先生よ。


しっかし、毎日毎日北朝鮮の話でウンザリだな。
まあ、よくアキもせずやってますよ。
滑稽なくらいですよ。 数字が取れるのかね。
何にしても良かったな、アベちゃんよ。
あのデブ、ナイスタイミングでミサイル飛ばしてくれてんな。

そうそう流行りの陸上配備型イージスあんじゃん。「イージス・アショア」。
名前はちょっと格好良いけど、見た目が非常に残念な奴。
1基700億円以上っていわれてる奴。
来年の予算に組み込んだが、ロシアの猛反発でなし崩しになりそうな奴。
来年から作っても完成するのは4〜5年後の奴。
扱いが難しいもんで陸自と海自が押し付け合ってる奴。
で、結局米軍スタッフをレンタルしなきゃならん奴。

あれってさ、何処に建設するつもりなんだろうな。
有事には速攻狙われるもんで近隣住民の建設反対は必至だよな。
原発並みだよな。


餓鬼みてえな「人気ユーチューバー」の詐欺紛いとか、
神戸市議が先月不正で4人も辞めてたとか、
ワールドカップ出場が決まった翌日の新聞誌の中で、
読売だけが1面にアベちゃん応援記事を載っけてたとかさぁ。

もう、これ以上頭の悪いニュースは勘弁してくれって話だ。

それでなくても、暑いんだか寒いんだか分からねえ日々が続いて、
体調のバランスが追いつかねえんだから
阿呆みたいことでイライラさせないでくださいよ。 

頼みますよ。


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# by jimi-hei | 2017-09-04 23:14 | 「 その他 」 | Comments(0)
2017年 09月 01日

「鉄鼠の檻」 京極夏彦

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忽然と出現した修行僧の屍、山中駆ける振袖の童女、埋没した「経蔵」…。箱根に起きる奇怪な事象に魅入られた者―骨董屋・今川、老医師・久遠寺、作家・関口らの眼前で仏弟子たちが次々と無惨に殺されていく。謎の巨刹=明慧寺に封じ込められた動機と妄執に、さしもの京極堂が苦闘する、シリーズ第四弾。


坊主。 坊主と謂えば鼠。 鼠と謂えば坊主。
テーマは「禅」。
それも色んな意味でコッテコッテに「禅」。そして「悟り」。
今作は読む度に知識が補完され面白くなっていきますな。
最初に読んだ時は、一つも面白いとは思わなかったんだが。
こればかりは再読の理。ナンマンダブナンマンダブ。

特に私の宗派が禅宗なもんでして、
曹洞・臨済・黄檗、そして中国の北宗禅に南宗禅のウンチクは非常に楽しいし、
大いにためになりましたよ。 覚えきれねえけどな。


でお話。

舞台は雪積もる箱根の山中にある誰にも知られていない謎の禅寺。
前作が海だで、今回は山だ。
人界から隔離されたような場所を舞台にしたことで、必然的に密室空間が出来上がる。
結界だな。 色はやはり白と黒。

登場人物はいつものレギュラー陣以外は、基本坊主。
坊主だらけでヒロイン無し。 思い切りましたね。


「拙僧が殺めたのだ」で始まる連続坊主殺し。

衆人環視の中、旅館の庭に突然現れた座禅状態の坊主の死体。
寺の便所に頭から突っ込まれた坊主の死体。
その寺には、なぜか曹洞と臨済の坊主が入り混ざって修行している。

何だそりゃって話です。

あの坊主とこの坊主は、仲が良さそうだが宗派が違う。
その坊主とあそこの坊主は、宗派が同じだが意見が違う。

そもそもこの寺は何? お前ら何で此処にいる?

地味ぃな展開に、難解な台詞。



今作は、仏教禅宗の話なもんで興味深い言葉がいくつも出てきますわ。
ストーリーとは別に読んでて楽しい。そういう楽しみ方で言えば今作がシリーズNo1。

「宗教には神秘体験が必要不可欠。しかし神秘体験と云うのは絶対に個人的認識。どれ程凄い体験であろうとも、神秘は凡て個人の脳内で解決できてしまうもの。その神秘体験を何等かの説明体系を用いて個人から解き放ち、普遍的なものに置き換えると宗教が生まれる。つまり神秘を共有するために、凡ての宗教は「言葉」という道具を必要とする」

だが

「禅は個人的神秘体験を退け、言葉を否定する。禅で云う神秘体験とは神秘体験を凌駕した日常のことを指す。つまり数ある宗教の形の中で、殆ど唯一、生き乍らにして脳の呪縛から解き放たれようとする法が禅」


「禅は言葉では表現できないので、言葉使いの陰陽師は最初から負けている」


うん。面白れえ。
常時こんな感じで、話は進み次々と坊主が殺されていくわけだ。

本当、変な話だよ。

唯一坊主から外れる展開では、神出鬼没の歳をとらない赤い振り袖少女ってのが出てくる。
これもまあ、ネタっぽいっちゃネタっぽいんだが、
まあ、このモノクロワールドに色を添えてるために必要だわな。 赤いのが。
ある意味、この娘が一番恐い。 だって瞳が孔なんだぜ。
坊主自体は別段恐くないからな。

富樫の「ナニカ」は、この娘をパクったんじゃないかな。
違うか?


とにかく、今作はオチが妙に変わっていてな、他の作品ともちょいと違うノリだ。
一際浮いていますね。

はい。

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# by jimi-hei | 2017-09-01 23:25 | 「 俺 読書 」 | Comments(0)
2017年 08月 27日

「狂骨の夢」 京極夏彦

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夫を4度殺した女、朱美。極度の強迫観念に脅える元精神科医、降旗(ふるはた)。神を信じ得ぬ牧師、白丘。夢と現実(うつつ)のもつれに悩む3人の前に怪事件が続発する。海に漂う金色の髑髏、山中での集団自決。遊民、伊佐間、文士、関口、刑事・木場らも見守るなか、京極堂は憑物を落とせるのか?


京極第3弾ですな。
これはねぇ、ぶっちゃけて言えば、個人的には一番興味の薄い作品です。
改めて読み返してみても同じ感想になりました。

前作のエンタメ方向から一転、クールでシュールな世界観になった舞台。
登場人物は基本オッサンと人妻です。 で、
新キャラの釣り堀や伊佐間、べらんめいなヒロイン朱実等、
見所はあるんだが、残念ながらそもそもの話自体があまり面白くないんだな。

個人的には、今作の全体を通して繋がっている
「夢」というコンセプトが上手くいってない気がする。
狙いとして、あえて登場人物全体の台詞や行動を不安定にさせ、
それが繋がっていくことによって物語全体もいびつなかカタチに
不安定になっていくっていう構造自体は面白いと思うんだが、
その不安定さが今ひとつシックリこない。

何が現実で、何が夢なのか。

そこを楽しむ作品のはずなんだろうが、あえて分かりづらくする表現や見せ方が
ちぃとばっかウザく、そしてあざとく思えてしまう。 
要は上手くないんだな。

今作の根本ネタである、朱実の記憶・夢の話についても同様。
いつも通り引っ張るだけ引っ張って、最後にドンとオチが来るんだが
今作に限って言えば不発でした。
実は朱実は2人いましたってオチは、初読時からなんとなく分かってしまってたし、
それより何より、衝撃だったのは、
「1人の朱実は自分で話していた通りに何人もの男を殺していました」という
リアリティーの無さだね。 それだけは無いと踏んで読んでたもの。

女手一つで、男を何人も縊り殺したっていうその腕力のほうが余程「謎」だわ。

あ、言っちゃった。

ラストに自宅の庭の井戸から男の首無し死体がゾロゾロと出て来た時は、
色んな意味で爆笑でした。
警察も隣の家のもう1人の朱実も、ずっと気付かねえって…。


なんか、他の作品に比べても上手くないんだよなぁ。

髑髏の奪い合いで起こっていたという様々な事件の連動性も、
まあ、強引なのはいつものことだが、それぞれの事件が今ひとつ盛り上がらん。

真言立川流の密教の儀式にドクロが必要。
父の病気の治療薬としてドクロが必要。
建御名方の復活のためにドクロが必要。

それが皆、はっちゃけ珍道中でドクロの奪い合い。
まるでラグビーボールのようでした。
時には邪魔者を、を時には身内同士で、時には恋敵を、
殺しも殺したり 400年分か ナンマンダブ ナンマンダブ。

ドクロがテーマだと、やはり宗教儀式になっちまうのかね。

京極シリーズの定番の、
別な事件と別な登場人物が同一線上に並ぶことによって多重的に謎が謎を呼ぶ。
所謂「蜘蛛の巣構造の事件」ってのは今作から始まったわけだが、
その張り巡らされた蜘蛛の糸が最後になんとか繋がりはしましたが、
中心には蜘蛛はおらず何故かラグビーボールがありました。

そんなお話でしたね。


もう一つ。

自己嫌悪の精神科医の降旗と、教えを信じられなくなった牧師の白丘。
このオッサン2人のコンビが話のテンポを落とした要因に思えるな。
互いに過去にトラウマを持っていて、自己否定キャラ。
それがヤオイよろしくネチネチ語り合うシーンは正直面倒くさい。
お前らいい歳こいてんだから、いつまでもグチグチ言ってんじゃねえよと。
走って汗かいてこいバカヤロウって感じでした。


それとね、今作のウンチクである精神分析・心理学分野もどうもノれない。
夢がテーマだからフロイト・ユングは出さざるを得ないんだろうが、
この手の話は語り出したところで答があるもんじゃないから、
無駄に長くなるんだけで、物語の吸引力にもならんし推進力にもならんのよなあ。

読み返してみて、改めてそう思いました。


唯一面白かったのは、真言立川流の話。
髑髏本尊に男女交合、邪教密教ってな感じの「孔雀王」ネタが実在し、
南北朝時代の政治的権力争いに巻き込まれたことで邪教視されたって解釈。
実際は世界に数ある宗教の中でも、女性蔑視をしない珍しい宗教だったってところかな。

まあ京極解釈だから、真実かどうかは分からんが。


今作では話の構造上、仏教・神道・キリスト教が取り上げられたわけだが、
この宗教ネタは今後も結構出て来ることになります。
きっと今作を造るにあたって培った情報・ネタが、さぞかし作者の琴線に引っかかったのでしょう。

次作はあまりにもマニアック過ぎる「禅宗」ネタになるわけでございます。


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# by jimi-hei | 2017-08-27 23:15 | 「 俺 読書 」 | Comments(0)
2017年 08月 23日

「魍魎の匣」 京極夏彦

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匣の中には綺麗な娘がぴったり入ってゐた。箱を祀る奇妙な霊能者。箱詰めにされた少女達の四肢。そして巨大な箱型の建物―箱を巡る虚妄が美少女転落事件とバラバラ殺人を結ぶ。探偵・榎木津、文士・関口、刑事・木場らがみな事件に関わり京極堂の元へ。果たして憑物は落とせるのか!?日本推理作家協会賞に輝いた超絶ミステリ、妖怪シリーズ第2弾。


百鬼夜行シリーズ2作目。

今作は一番知名度が高いんじゃないかな。
映画化・アニメ化・コミック化、他にも何だか色んな所で見かけた気がします。
作者にとっても、色んな意味で分岐点になった作品ではないでしょうか。

前作に足りなかったものを凄い勢いでブチ込みましたね。
具体的に言うと、「箱に嵌まった美少女」というキャッチさ、
連続バラバラ殺人という猟奇性、事件=物語のスケールの大きさ、
展開のテンポの良さ、メインキャラが少女、
そして前作からの登場人物達のキャラの立たせ方。

全て及第点だと思います。


特に登場人物に「美少女」を持って来たのが大きい。
これがこのシリーズのテイスト、そして作者の作風の幅を広げたね。
後に「ルー=ガルー」なんていう、今風少女だらけのSF作品を書いたくらいだからな。
これもそこそこ当たったしね。

やはり、古風で和風なサスペンスっていうと大抵さ
病弱で色白な美人とか、憂いのある人妻とか、艶っぽい後家さんとか、
どうしても、乱歩や横溝的な和服な女性をイメージしちゃうじゃない。
和服の裾から見える赤い襦袢に白い肌、そして赤い流血ってな。
和風な木造建築の陰影のコントラストとかな。

前作も言ってみればそんなステレオタイプな流れだったわけだが、
今作はノッケから制服姿の女子中学生2人を登場させた。
しかも若干の百合感も漂わせてます。
そんで速攻事件が始まる。
早いね。キャッチぃだね。

しかも、前作のメインキャラ関口に変わって今作は刑事である木場がメイン。
だで、ストーリーの動き方も必然早い。キャッチぃだね。

今後の木場のキャラ設定がほぼここで仕上がったと思われるが、
次作以降を見ても、上手くいったのではないでしょうか。
木場ファンも結構多いみたいだしな。
関係ないが、アニメ版の木場はCLAMP臭ただよう男前になってて気持ち悪いな。


さて、今作の妖怪は「魍魎」。
京極をしても「良く分からない、苦手だ」と言わしめるこの妖怪は、
今作の事件のモヤモヤした謎と絡まってて良いかと。
匣に入れられ遺棄されたバラバラの足や腕。
犯人の意図が分からないまま、次の被害者が。
そして謎の研究所。その室内で皆の目の前でこつ然と消えた少女。

モヤモヤが同時進行で、良い感じのストレスではあります。

たぁだ少々やり過ぎで上手くない所もある。
こういう仕掛けは楽しいんだが、もう少しタイトに絞ったほうが、
全体的なバランスは良くなると思われる。どうしてもご都合主義になってしまうしな。

最後に判明する「アイツとコイツが実は○○な関係だった!」ってのは、
このシリーズの大定番ではあるが、うーーん、まあ、いいんだけどなあ。でもなぁ。

話的には、中盤で京極がインチキ新興宗教の教祖に憑き物落としを仕掛けるところが、
一番カタルシスがあって面白い。 
それ以降は全体にからむ大きな謎の解明に進むんだが、ちょいとスピードダウン。
風呂敷畳むのに少々時間がかかり過ぎかな。

全体を箱に引っ掛けて構成しつくしてる点は中々のものです。
「魍魎」と「匣」。上手く連動させてはいますよ。

最後の大箱とダイナミックしすぎる展開はちとアレだがな。
映画版なんか、もうそこだけ別な映画になってたな。


で、今回の京極ウンチクは「占い師、宗教家、霊能者、超能力者の違い」。
似て非なるこの4者を一括りにして、同じ目線で可否を決めるのは過ちだと。
この辺りの京極=作者の断じ方は、読んでいて非常に愉快でしたね。


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# by jimi-hei | 2017-08-23 23:15 | 「 俺 読書 」 | Comments(0)
2017年 08月 16日

「姑獲鳥の夏」 京極夏彦

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この世には不思議なことなど何もないのだよ――
古本屋にして陰陽師である中禅寺秋彦が憑物を落とし事件を解きほぐすシリーズ第1弾。東京・雑司ヶ谷の医院に奇怪な噂が流れる。娘は20箇月も身籠ったままで、その夫は密室から失踪したという。文士・関口や探偵・榎木津らの推理を超え噂は意外な結末へ。


夏だ、お化けだ、妖怪だ!
ってなもんで、暑いし夏だし良い機会だから久々に京極小説を読み返すことにした。
しかも「百鬼夜行シリーズ」を1作目から順番に。 相当長いぞ。 
最後まで辿りつけるからしらね。俺。

と言うわけで、まずは1作目「姑獲鳥の夏」。



京極夏彦のデビュー作にしてメフィスト賞創設のきっかけとなった作品。
俺的にはこのシリーズは最初こそは既刊順に読んでいたんだが、
その後は思いつきとノリで手に取ったものを読むので作品ごとのリピート率はマチマチです。
この1作目は最初の作品ってのもあり、一番短いってのもあって、まあまあ読み返していたほうだが
個人的評価は初読の時から変わらずあまり高くはない。

シンプルな話の中身に対して登場人物が多く・全体的に「散らばった」感が否めない。
まあ、これは、その後シリーズ化されるにあたっての1作目故に仕方がないことなのだろうが、
作品単体としては問題有りですかな。


とりあえずストーリーについて。
舞台は第二次世界大戦の戦中・戦後の昭和20年代ころの日本。
しょっぱなにシリーズを代表する2人が登場。 
つまり鬱病持ちの作家関口と古本屋「京極堂」の店主であり、陰陽師の家系でもある中禅寺。
大学時代の友人である彼らが、とにかく幽霊や妖怪、心霊現象、超常現象について喋り倒すところから始まる。 
このウンチク語りはシリーズの定番ではあるんだが、1作目の冒頭にしては長い長い。
ここでアウトの人もいるんじゃないかな。 
個人的にも初読の時はまだそのノリに入り込めてないからキツかったな。

しかもその後動き出す事件も微妙に地味。
「二十箇月もの間子供を身籠っている女性」と「密室から失踪した婿養子の亭主」の謎を解く話だが、
妊婦って段階で、それはやはりその女性の家族にも謎があるのは当たり前。
さっさと調べりゃ良いし、話を聞けばかなり解決に近づくわけじゃん。
それを、やたら遠回りに展開させるんだな。

独特の憂鬱で陰気な世界観は許容できるが、この展開の悪さは何ぞやと思いつつ読んでた。
そして、徐々に判明する関口の過去とのリンク。これもなぁ。
単純に「忘れていた」ってパターンでさ、まあシリーズ通してよく出てくるパターンなんだが、
メインの主人公がそれやっちゃなぁ。

さらに肝心のオチ。
重要なサスペンス部分・謎解き部分もアレだ。
正直そりゃ無えよっていう、とんでも話だものな。
シリーズ中でも屈指の駄目で強引なオチだ。 と今でも思いますよ。


で、次に気になるのがキャラ達。
1作目ってのもあって、まだキャラが纏まって無いんだな。
特に今作のメインの主人公である関口。 
彼が鬱病持ちで「焦って悩んで迷って彷徨って」なのはいつものことなんだが、
今作は特に彼の主観で物語が進むことによって、何をするにも非常に展開がモたる。
それも狙ってるんだろうが、次作以降の関口描写に比べるとやはり表現が上手くないな。
圧倒的にモたりすぎ。読者は少々うんざりするわけでして。


それと、探偵の榎木津。
彼の存在なんて今なら笑えるが初読の時はドン引きしたものだ。
シリアスな展開をぶち壊す破天荒キャラなんだが、別に笑えないし、
事件を解決するわけでもなく、突如現れ騒ぐだけ騒いだあげく突然舞台を降り、
ラストにだけひょっこり戻ってくる。
まったく必要のないキャラとしか思えなかった。

しかも彼は作品設定を壊すような「超能力」=他人の過去の記憶を見る能力を持っている。
これも正直どうなのかと。
普通に考えれば榎木津が能力を発揮した時点で、大抵の事件の謎は見破れる訳で、
そこでお話の推進力は止まるわけだ。

今作でも彼は今回の事件の謎を一発で見破るが、そのコトを他の登場人物には伝えず
「わざわざ」意味深なことをだけを言って1人勝手に舞台を去る。
で、最後に再び現れ主人公の「京極堂」こと中禅寺が謎解きをした後に、
「ほら、僕の言った通りじゃないか」とヤルわけだ。

いる? このキャラ? って思うわけですよ。

わざわざ読者を惑わすための装置としてしか機能してないように見える。

この榎木津の能力設定はもちろん後の作品にも繋がっているんだが、
作者の描写表現が上手くなってきたおかげで徐々にちゃんとキャラ立ちしていったのと、
登場シーンのバランス調整でなんとか成り立たせている。
要はあえてのチートキャラとして、成立してきたわけだ。
読者も自然とそういう目で見るようになるしね。

だが、1作目では登場と退場のタイミングが非常に悪いため違和感のほうが強かった。

妖怪小説ってのもあり、あまりにも登場人物が辛気くさいので編集サイドから
無理矢理当て込まれたキャラだったんじゃないかって、いまだに思ってる俺がいるくらいだ。




うーん、と言うわけで、今読んでも微妙なバランスの作品ですわな。
初読時は「なんだこりゃ、面白そうだったのにガッカリだ!」ってのが正直な感想だった。


たぁだね。 不思議と読後に何か残るんだよな。
暫くして2作目に手を出す俺がいたんだものなぁ。



まあ、このシリーズ自体普通のサスペンスのように謎解き推理を楽しむものじゃないんだがな。
だって、答えはラストの京極の憑物落としまで絶対分からないようになってるんだから。
読者や他の登場人物には大切な情報は一切見せず、伝えない。

最後の〆に京極堂が颯爽と現れ、彼だけが知り得ている情報を元に、
大量の言の葉を使って、事件に関わっている相手の心に巣食った闇を解放し滅す。 
その際、相手の心の闇の部分を「妖怪」に見立て、
憑物を落とすことによって事件が解決するってのがこのシリーズのお決まりのパターン。

そここそが肝で、それが楽しめないとこのシリーズ自体がアウトなわけで。

情報過多で目の前の謎が何一つ解決せず、登場人物が右往左往し限界に近づいた時に、

カン! 

とまるで拍子木の音が聞こえるように、
黒の手甲、両胸に五芒星を染め抜いた黒の着流し、黒の足袋に鼻緒だけが赤い黒の下駄を履いた
まさに黒ずくめの男、中禅寺が登場するわけだ。

そこに痺れるわけだ。
もろに歌舞伎だな。



そこが楽しめるようなると、まあハマるわけでして。
京極堂(=作家)のウンチクが面白くなってくるわけでして。

そして、20年以上も読み続けているそんな俺がいるわけですよ。

ええ。


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# by jimi-hei | 2017-08-16 23:09 | 「 俺 読書 」 | Comments(0)